「離陸」 絲山秋子著 文春文庫

御社のチャラ男で絲山秋子にはまった、すなわち絲山秋子という優れた作家を再発見した私が次に読んだ長編が「離陸」である。 佐藤という、ダム管理などをするキャリア官僚の、ダム管理の現場、大学時代の回想、四日市の家族のこと、パリでの勤務、そこで知り…

「御社のチャラ男」 絲山秋子著  講談社単行本 感想文

優れた会社小説だという評があり、また批評の一つであったか、チャラ男はどこにでもいるという言葉にふと感じるものがあり、この新型コロナ対応のための外出自粛の中、電車に乗って隣の駅の大型書店で購入して読んだ。(いつも寄る駅中の書店にはなかなか並…

1ドルの価値/賢者の贈り物 o・ヘンリー 著  光文社古典新訳文庫

オー・ヘンリーの名前は子供の頃から知っていて、賢者の贈り物、最期の一葉ぐらいは、あらすじを知っているし、賢者の贈り物は高校の英語の教科書に載っていた事を覚えている。しかし、きちんと読んだかなと思い返してみるとあやしいし、そのほかにどんな作…

フランス白粉の謎   E・クイーン作 角川文庫

国名シリーズ第二作。前作で書いたような特徴はそのままほぼそのまま続いている。すなわち、突飛な人物描写、やや日本人には縁遠い歴史などの知識の披瀝、読者への挑戦、論理的にこれしかないとされる解決編など。舞台はニューヨークのデパート。ちなみに、…

ローマ帽子の謎  エラリー・クイーン作 創元推理文庫

推理小説が好きな人なら名前を聞いたことがあるはずの作品である。エラリー・クイーンのデビュー作にして、国名シリーズの第一作。作者と名探偵を同名にしたところ、手がかりをすべて与えたとして、結末の前で読者に挑戦するところなど、マニアにはたまらな…

「読まなくてもいい本」の読書案内  橘玲著 筑摩書房文庫

橘玲の本を続けて(と言っても、一冊おきぐらいであるが)読んでいる。この本はその中でも考え方の基本がはっきり出ていて、実に興味深かった。読まなくて良い本とは、若い人のための読書案内である、とプロローグで書かれている。世の中には膨大な本があり…

「AIに負けない子供を育てる」 新井紀子著  東洋経済新報社

著者は、AIで東大合格を目指すという、一般大衆にとっても実にキャッチーなプロジェクトを率いて大変有名になった学者である。また前著「AIvs.教科書が読めない子供たち」がベストセラーとなったことでも知られる。本書は、その続編であって、読解力テス…

言ってはいけない   橘玲著 新潮新書

2017年度に新書大賞を受賞したとのこと。残酷すぎる真実という副題や、美貌格差と言う言葉にアレルギー反応を起こし、読まないでいた。世の中の現実を見れば幾らでもそういう見方はできる(それなりのもっともらしい証拠も探せる、エコノミストがイベントが…

群像短編名作選 講談社文芸文庫 1946~1969   講談社

文芸文庫からはいろいろな短編集が出ていて、短編好きな僕としては、なかなか楽しいのだが、この本もとても楽しかった。いくつか寸評。 岬にての物語 三島由紀夫 まずは、三島だ。この名高い短編を、三島好きと言いながら、今頃読むとは。何より回顧する文体…

「ピーター卿の事件簿」 ドロシー・セイヤーズ 創元文庫  感想文

文庫カバーの宣伝文句によれば、クリスティと並び称されるミステリの女王セイヤーズ、ということである。僕は初めて読んだ。イギリスのちょっと古風な、おっとりしたミステリーは好きなので、(つまりクリスティ好きだが)その趣味から言えば、一応ストライ…

「土の中の子供」 中村文則著 新潮文庫 感想文

中村文則の芥川賞受賞作。児童虐待を受けた側からの視点で書かれた作品であり、読むのにとても時間が掛かった。幼児から親戚に預けられ暴力を受け続け、ついには土の中に埋められ、殺され掛けた主人公が、運良く生き延び、施設で成長し、今ではタクシー運転…

黄金を抱いて翔べ  高村 薫著 新潮文庫

高村 薫のデビュー作である。僕は、以前レディ ・ジョーカーを読んだことがあって、その緻密な文体に驚いた覚えがある。 宮部みゆきと並んで、並大抵でないミステリー系作家としてもっと作品を読みたいと思っていた。 と言うわけで、今回デビュー作を手に取…

ジーブスの事件簿 才知縦横の巻 文春文庫 P G ウッドハウス著

イギリスの貴族と執事を登場人物とした、ユーモア小説。 ユーモア小説、と書いたが、コメディ小説と言った方が良いのかもしれない。 僕としては、品の良い、読みやすい、しかし小説としての面白さも持っている、後味の悪くない短編小説への渇望は常にあって…

「穴」 小山田浩子作  新潮文庫

「工場」で新潮新人賞を受賞し、世に出た小山田浩子が、芥川賞を受賞した作品である。 パートで働いていた主人公が、夫の実家に転居することとなり、家賃を免除されることから、当面働かなくて良くなる。だがその場所は、今まで暮らしていた場所からあまり遠…

「日本の同時代小説」 斎藤美奈子著  岩波新書

「日本の現代小説」という中村光夫の名著が出版されてから五十年、その続編を企図し、現代の文芸批評で、フェミ系と言って良いだろう立場から批評活動を続けている斎藤美奈子の著書である。「日本の現代小説」の後を受けて、その後約五十年の日本の文学、小…

工場  小山田浩子作   新潮文庫   

大変魅力的な作品だ。僕自身、メーカーに勤めるサラリーマンであるので、主人公達が勤める工場ほど巨大な工場に勤めた経験はないが、勤め人としての経験から、ビンビン響く場面・言葉があり、大変面白く読んだ。 語り手は、三人居て、それが明確に示されず、…

音楽  三島由紀夫 作

再び、三島由紀夫作品について。三島熱は、まだ続いている。「音楽」は、三島の主要作品とは捉えられていないようだ。「音楽」とは女性の性的オルガズムの謂いであって、不感症の美しい女性が、精神分析医に治療を受ける過程が分析医の手記の形で小説となっ…

「最低。」 紗倉まな作  感想文

紗倉まなはAV女優としてすでに長いキャリアをもち、活躍しているが、エッセイ、SNSの様々なメディア、yuutubeなどで、積極的に情報発信をしている。そして小説も発表しているので、興味を持った。AV女優であって、作家であってというところについて、…

「サヨナラ 学校化社会」 上野千鶴子  ちくま文庫

小説から少し離れて、久しぶりに上野千鶴子の本を読んだ。彼女の本は、一般向けの対談本などを数冊読んでいる。僕はフェミニズムはよく理解していないが、(上野によれば、男性は当事者性がない、と言うことだから、悩むこともないが、そして、当事者性がな…

美しい星  三島由紀夫作

三島由紀夫のマイブームはさらに続いている。「美しい星」は初読であった。小説を作る方法論から言えば、これはSF的手法を用いた小説と言えるだろう。主人公は、北関東に住む裕福な一家である。一家の主は、旧制の大学を出た後、これという社会的な働きをせ…

盗賊   三島由紀夫作

三島由紀夫マイブームが続いている。今回は、初長編たる「盗賊」。 若い時に一度読んで、その時の印象は間違っていなかったと思うが、今回改めて読んで、三島の彫心鏤骨の文章、綿密な構成、見事な結末に改めて感嘆した。 とは言え、もちろん、わかりやすい…

「青の時代」 三島由紀夫作

三島の未読の長編と言うことで、読んで見た。確か、河野多恵子だったと思うけれど、三島の作品の中で一番立派とどこかで言っていたのではないか。(不確かであるけれど) 戦後、インチキ金融会社を立ち上げ、破綻して自殺した東大生がモデルである。しかし、…

「絹と明察」  三島由紀夫 作  

久しぶりに三島由紀夫の作品を読んだ。 金閣寺、仮面の告白、禁色、鏡子の家、静める滝、潮騒、豊穣の海、愛の乾き、美徳のよろめき、午後の曳航、宴の後、獣の戯れ、などの長編を若い頃読み、幾つかの短編も読んでいるから、親しんでいる作家と言えるだろう…

Band Maid という ガールズバンドについて

メモ的に記しておく。 Band Maid というガールズバンドがあり、半年ほど前から、ファンになって聞き込んでいる。もともとギター好きなので、数年前にギターの演奏を検索していて、彼女たちのヒット作「Thrill」に行き当たり、まず、名前を覚え…

松浦理英子 「最愛の子ども」を読む

文学界6月号の島尾敏雄特集に目をひかれ、第2特集の松浦理英子にも損はないな、と感じて思わず買ってしまった。と言っても松浦理英子は読んだことはなく、いつかは読まねばならぬ作家という頭の中のリストに入っているだけなのだったが。その意味では島尾敏…

「シン・ゴジラ」を見た。 傑作だ。(ネタバレあり。)

夏休みっぽいことを一つでもしようと、評判のシン・ゴジラを見てきました。正直、あまり期待していなくて、まあ、怪獣映画だし、そこそこ飽きないで見られればお慰み、と言うような積もりだったのですが。 私が浅はかでありました。これは面白い。とても面白…

「コンビニ人間」 感想文   (ネタバレあります)

文藝春秋を買って、芥川賞受賞作、「コンビニ人間」を読みました。 私は芥川賞受賞作を掲載した文藝春秋を買うのがわりと好きです。特に選評を読むのが面白い。当たり前ですが、評価は人それぞれと言うところがあって、良い点悪い点を選者がそれぞれ語ってい…

佐藤優著 「人に強くなる極意」 青春新書

またまたけっこう売れているらしい、佐藤優の本である。ファンなのでとりあえず買って、風呂場本として読了。 書いてあることは、僕としては、そりゃそうだよね、当たり前だよね、そうか、僕だって考え至っていたよ、と言うようなことが多く分かりやすい内容…

「ミレニアム」 ハヤカワ書房 スティーグ・ラーソン著

昨年の夏頃かな、kindleで安売りしていたので1を買い、面白かったので2,3も続けて買ってしまった。 この本は、リスベット・サランデルという、ミステリー史上に残る女性キャラクターを創造したことで末永く顕彰されるだろう。とにかく、いけてます、サラ…

中島義道著 カントの人間学   講談社新書

僕は中島義道氏の文章とは相性が良いようだ。どの本も割合面白く読めてしまう。この本はカントの人となりを生い立ちや、彼と親しかった人たちの証言を元に纏めたもの。 カントが人間関係を積極的には築かない人であって、貧しさに耐え、刻苦勉励し、金銭に対…