1ドルの価値/賢者の贈り物 o・ヘンリー 著  光文社古典新訳文庫

オー・ヘンリーの名前は子供の頃から知っていて、賢者の贈り物、最期の一葉ぐらいは、あらすじを知っているし、賢者の贈り物は高校の英語の教科書に載っていた事を覚えている。しかし、きちんと読んだかなと思い返してみるとあやしいし、そのほかにどんな作品を書いているのかもよく知らない。そこで、本屋で見かけた本書を手に取ってみた。

全体としての感想は、やはり、賢者の贈り物、最期の一葉はすばらしい傑作だった。一方それ以外の作品は、作品の深さや、切れ味や、感情の波立ちの豊かさといった点で一歩及ばないかな、と感じるものもあった。もっとも、「甦った改心」や「警官と賛美歌」、「二十年後」なども有名な作品であるしなかなかだったと言って良い。

しかし、作品の出来がどうこうと言う点から離れ、少し角度を変えてみると、19世紀後半から20世紀初頭の米国での、必ずしも豊かとは言えない庶民の暮らしの断片が捉えられていて、とても興味深かった。また南部もの、南米ものも興味深い。

とは言え、プロットと落ちの切れ味、定型にはまるとは言えセンチメンタルな感動、といった持ち味を上手く盛り込めた作品にこそ、面白さを感じてしまうことを否めない。その点で、名作とは言えないかもしれないが、「サボテン」は、印象に残った。モーパッサンの「首飾り」は名短編として名高く、サマセット・モームにはそのオマージュとも言える作品があるが、この作品も、落ちの見事さ、特に男性が読んだ場合の、単にその場のお慰みに終わらない苦みという点で、「首飾り」負けないほどの魅力を持っているのではないだろうか。男って馬鹿なんだよね、ということや、人生の大事な場面を、愚かな、些細な、気にもとめない思い込みによって逃してしまうという類いの苦い思い。あるいは、そんなに印象を強く受けるのは僕自身が愚かであるせいであって、皆それほどでもないとしたら、僕だけの名作になってしまうかもしれないというそれこそ愚かな結論になってしまうけれども。