「日本の同時代小説」 斎藤美奈子著  岩波新書

「日本の現代小説」という中村光夫の名著が出版されてから五十年、その続編を企図し、現代の文芸批評で、フェミ系と言って良いだろう立場から批評活動を続けている斎藤美奈子の著書である。「日本の現代小説」の後を受けて、その後約五十年の日本の文学、小説を俯瞰して語ろうという、斎藤美奈子ならではの本である。

斎藤美奈子は、その文章から、確かに本を読んでから書いている、主観的な、感覚的な表現で逃げることを潔しとしていない、作家との交流によって得られた個人的な材料にたよっていない(政治評論で言えば、いや、昨日、大臣に会ったんだけれどね、その時にそっと耳打ちされたんだけれどさ、的な批評は、批評じゃねえ、と言う態度がはっきりしている)不明確で思わせぶりな文学的、芸術的「深淵」に逃げ込まない、などなどのことが感じられ、敢えて言えばジャーナリスティックはタッチでせめてくる批評家である。

本書においても、その姿勢は変わらず、伝統的日本文学は、ヤワなインテリ、ヘタレの文学であり、例えば藤村の作品は、「夜明け前」以外は食えたものではないのであり、プロレタリア文学も例外ではなかったのではと、縦横無尽に捌いていく。

語り口は軽快、納める範囲はいわゆる純文学に限られず、エンターテインメント、SF、ミステリー、ラノベ私小説の変種と捉えられた自伝的エッセイなど多岐にわたる。それが、50年以上にわたる日本の経済状況の変転、平成の災害、出版事情の変化、などの時代状況と絡められながら語られる。語り口は平静、時に砕けたものであるが、これはよほどの平衡感覚と、読書量の厚みと、文学に関する堅固な価値尺度がなければなしえない力業である。

 名著。若い人にもお勧めできるガイドブックであり、若い人だけでなく、知ったかぶりの私のようなヘタレ素人文学好きにも格好のガイド且つ文学青年病解毒剤である。これからもリファレンスとして座右に置いておきたい。