「物語 中国の歴史」 寺田隆信著 中公新書

中国の歴史を概括的に知りたいと考えて手にした一冊。現代中国の政治経済、文化を考える上でも、また漢字文化圏の東の端の国に生まれ育った日本人としても、中国の歴史の流れを知っておくことは必要だろうと考えている。
 随分以前であるが、陳舜臣作の中国の歴史を通読したこともある。作家らしく人物中心で、エピソードに富み面白かった記憶がある。
 陳舜臣の作品が分厚い文庫本で何冊もあったのに比べて、本書は厚めの新書一冊である。それだけコンパクトに、先史時代から清の滅亡、すなわち二十世紀初頭までを通覧している。
 また、陳舜臣が作家である事に対し、寺田隆信は、すでに物故されているが、京都大学東洋史学で学び長く東北大学で勤めた学者である。(著者プロフィールによる)
 短いから簡潔に書かざるを得ないのであるが、それが逆に全体を捉えたいという要望には相応しく、しかも内容が濃く、良書であると感じられた。
 良いと思った点を以下に記す。
1.先史時代(神話時代)と歴史的に確認できる部分を分けて論じている。考古学的研究の成果と、文献による成果を明確にしている。
2.技術的進歩、発明、また経済に着目して、それが歴史的な変化に対応していることを 記している。ただし、記述は極めて簡潔である。
3.著者が記していることであるが、文明と文化を基軸に記している。著者の意図としては文明は、基礎的普遍的なものであり、文化は特殊的、個別的、時代的なものである。
文明が誕生し、それが地域的に定着し、それがそれぞれの時代と社会で醸成したものが文化という定義をされている。
 著者によれば、中国の文明は自前で誕生し、他の文明の影響を受けることは軽微であり、黄河流域から次第に拡がり、現在の版図で言えば周辺諸国にも影響を与え、様々な時代があったとは言え、現代まで連綿と続いている。従って、他の国々と違い、最も自然な形で文明が発展したと言う。
 確かに、古代ギリシャ文明について今のギリシャから見ることは難しいだろうし、古代ローマも同様である。メソポタミア文明も発掘して研究するということになるだろう。
 中国の歴史を素材としたエンターテインメント作品は多いし、日本語のなかにも四文字熟語などをはじめとして、溶け込んでいるものは多い。だからなんとなくの知識はそれなりに有るのだが、それでは、孟嘗君と秦の始皇帝と伯夷叔斉と荊軻と班固、趙匡胤朱元璋西太后フビライ諸葛孔明を年代別に並べてみよと言われたら、なかなか難しい。さらには、技術の発展、西洋との交流、北方民族の盛衰、経済の発展がどう絡み合ってきたかと言う事を説明できるかというと、殆ど立体的な知識がない。
 この一冊でそのすべてに答えることは無論できないが、概論的な見通しはよい。文体は簡潔明晰である。
 深い知識と見識を持った専門家が素人向けに真面目に書いた本のなかには、しばしば読書の楽しみを感じられる良書があると言われるが、この本もそんな一冊であると思う。