ホモエコノミクス 「利己的人間の思想史」重田園江著 ちくま新書 2022年3月初版 

著者は、明治大学政治経済学部の教授で、ミシェル・フーコーの専門家として重きをなしている方である、らしい。らしいというのは私がアカデミズムの世界について全く疎いからだが、実は重田先生の本は、同じちくま新書フーコーの入門書が最初であった。
フーコーの素人向きの入門書はいろいろあるが、4-5冊読んだ中では、重田先生の本が一番わかりやすかった。2回繰り返して読んだくらいである。と言うことで、本書も期待して読んだ。
 一言で言えば、私たちの社会において当たり前になっている、お金を貯めるのは良いこと、効率的に仕事をするのは良いこと、という価値観がどのように生まれ、現在のように支配的になっているのかを、ニーチェフーコーの方法を用いて系譜学的に解き明かそうとしたものだ。
 大事な事は、利益を出すことを求めることは人間の本性ではなく、また歴史的に見て富を蓄積しようとすることは倫理的に正しいこととはじめから認められていたわけではないと言うことだ。
 ヒューム、ミル、フランクリン(フランクリンのチェックシートには笑ってしまった)、などの書物を読み解くことに始まり、ワルラスらの経済学に物理学、数学が導入され、いわゆる限界革命が起こった経緯、その背景にある、ホモエコノミクスという、言わば経済学において話を単純にして式を持ち込みやすくするための人間像がつくられたこと、しかしそれが政治学にも進出し、学問の発展のためになした様々な学者たちの意図を超えて、私たちの社会を覆い尽くすまでになったことを叙述している。

フーコーについての本に比べれば、重田先生の書きぶりは時に冗談を交え、時に現代の文教政策の辻褄のあわなさを嘆き、自在な面があり、大いに楽しめた。

私たちが物事を判断する上で、人間が何より第一に利害に聡く、蓄財を良きものとするのが避けがたい人間の本性であるとするのは間違いであって、それは歴史的ないくつもの偶然が重なってつくられた人間像だということ、またホモエコノミクス的人間観が蔓延したことによって、もっと大事なはずの地球環境や、人間の命への配慮がないがしろにされていること、を重田先生は主張されているのだと思う。

 フーコー的系譜学の現代的課題への応用・実践という意味で大変興味深く読んだ。
 素人向けの本なのだろうが、これからもこういう本を書いてほしいものだ。