「安いニッポン  「価格」が示す停滞」中藤 玲著 日経プレミアシリーズ

日経新聞に2019年12月に連載された記事を元に加筆され纏められた本。
一口で言えば、今や日本の物価は世界の中で、アジアの中でも安く、コロナ前に多くの外国人が日本を訪れていたのは、日本が優れているからでも、多くの日本ファンがいるからでもなく、日本の物価が安いからである。いつの間にか日本はかつてのアジアの国々のように、地元民の物価と訪れた海外旅行者の物価が大きく離れた国になってしまっている。
 様々な例が出されている。海外からスキーリゾートとして人気の北海道のニセコは不動産価格が上がり、外国人向けのラーメンは一杯3000円である。百円ショップの品物は海外ではアジアの同系列点では百円で買えない。年収1400万円は、日本のサラリーマンとしては高給な部類に入るが、サンフランシスコでは低所得である。日本のお家芸であったはずのアニメも、アニメーターの劣悪な労働条件は改善されず、優れた人材は今や中国にスカウトされ日本の会社は下請けと化しつつある。
 サラリーマンとして頷けることは多い。日本ではデフレが長く続きすぎて、それが回り回って給与を抑え、消費を抑え、経済を停滞させているのであるが、人々もそれに慣れてしまって安いものでなければなかなか売れない。また、企業も製品やサービスを安くすることに必死になっていて、またその手法、技術も発達しているのだが、当然人件費も大きく削られ、派遣・非正規労働者の比率が大きくなるなど、労働市場はすさんでいる。
 少子高齢化に対する対応がとられていないことや、旧態依然たる、いまだに成長する事に頼った産業政策、など複合的な要因が絡み合っているが、労働市場一つとっても、新しい時代を睨んだ教育制度がなかなかでてこないことや、労働者を企業に縛り付ける硬直化した人事制度など、指摘されている点は今までも様々有るのに、改善の動きがなかなか見えてこない。もちろん、当たり前だが、決定的な処方箋はなく、一つ一つまともに考えてしっかりとした対策をとっていくほかはないのだろうが。
 
 あやふやで空虚な日本礼賛よりは現実を見る事のできる本。一方で、新聞記事的なある種の薄さ、器用さが感じられないこともない本ではあったが、許容範囲内と思います。