「日本ってどんな国」 本田由紀著 ちくまプリマー新書

著者は東京大学大学院教育学研究科教授。 一般向けにも多数の著作を発表している、新聞にも度々登場する著名な学者である。
 この本は、日本の家族、ジェンダーや学校や、仕事や、友達などの有り様を、各種の国際比較が可能な調査、統計を駆使して社会学的な分析を行い論じたものである。
 敢えて一口でまとめれば、私たちが住むこの日本という国での生活は、かつては妥当したかも知れない「こういう社会の成り立ちをしているし、これからも変わらないよね」「こういう生き方なら幸せだよね、」「家族も、仕事も、友達も、こういうものだよね」という共同幻想的な有り様から加速度的に乖離しつつあり、私たちは抑圧的でストレスの高い、人間関係の希薄な、生産性の低い、見通しの悪い状態に陥りつつあるということらしい。
 それは、経済的側面で言えば、政府の度重なる成長戦略にも拘わらず、他の国に比べてGDPは伸びず相対的に順位が低下し、円は下落し、国債は積み上がり、社会保険料はうなぎ登りに高くなり、それでも国民の将来不安が消えず、見えない貧困家庭が増えていると言う現象にも現れているのだろう。
 にも拘わらず、私たちの社会における政策や、規範意識はかつて望ましいと思われたものからさして変わらず、その乖離が耐えがたく、取り繕えないほどになっている、ということかもしれない。
 私個人の思いとしては、政治家にしろ財界人にしろあるいは知識人にしろ、戦後まもなくの時期を生き抜いた人々には、まだしも時代錯誤にも悪にも人間的な実質があったように思えるが、世代を降るうちに、建前が形骸化し、言葉が内実を失い、下手くそなコメディアンのファルスのようにしか見えなくなってしまった。(三角大福の時代を知る年配のノスタルジーだと言われれば、否定する気はないが)
 サラリーマンを長くやった身から言えば、仕事を高度化していけば行くほど、人間生活の内実がそこはかとなく空洞化していくような思いを禁じ得なかったのも事実だ。

 著者は、皆が息苦しい思いをしながら、でもなんとなくぎこちない笑顔を浮かべてお互いを見合いながら沈んでいく社会に業を煮やしている(時にその思いがほとばしっている文章があると感じられた)が、まず社会の実態をしっかり見つめることからはじめるべきだ、見ればすでに、例えば経済統計が国民経済の衰勢を如実に表しているように、家族やジェンダーや人間関係や、仕事についてもまるで違った姿が見えてくるだろう、そうすれば、少なくとも当て外れの、自己保身的な、近視眼的な、場当たり的対策ではない対策も少しは考えられるのではないかと主張している。
 まず現実をよく認識することが重要という点は全く同感。最も、現代は各人各様の現実認識がそれぞれリアリティを認められて来ているというややこしいところが有るのだが、その点はここでは論じない。
 個々の論点で著者に同意するかどうかは別として、素人には統計資料をアカデミックに分析する事はできない点ので注意しなければいけないが、生データのリファレンスとしても大いに使える本であり、広い視点を持って、自分の立ち位置を確認するには良い本であると考える。