今年の3月に中山七里氏の「さよならドビュッシー」の感想をアップしている。デビュー作としてのレベルの高さを絶賛したのだが、欠点として人物描写の浅さを挙げている。 これは、執筆経験を積めば技術が高まるはずなので、習熟した中山氏の作品を読みたいと書店で探していたところ、この短編アンソロジーに作品が収録されており、購入した次第。
中山氏の作品は 短編のアイデアとしてはどこかで読んだ気がするが、話の運び、背景の作り方、全体の雰囲気などには、手練れの作品という感想を持った。流行作家ならではの、良いアイデアを思いつけなくても、あるレベルは確保して作品は完成させるという実力を発揮したものと評価したい。
さて、目的は中山氏の作品だったのだが、この本には40以上の短編が収録されており、私はそれなりに楽しく読んだ。
なかでも私として良かった作品を以下に記す。
1.抜け忍サドンデス 乾 緑郎
短編の短さを生かして、一つの場面でのこれでもかというくらいのどんでん返しの繰り返しが笑い出してしまうほど心地良い。
2.特約条項 第三条 安生 正
私はゴルゴ13が好きである。中学生の時に初期ゴルゴ13を読んだ記憶が未だに残っている。銃器に関するマニアックな説明も、小説のギミックとして好みの一つである。そんな私にぴったりの短編。舞台設定、プロットも上々と言えるだろう。面白く読んだ。
そのほかにも、短編として充分楽しめる作品がいくつもある。アイデア倒れと感じるものもないではなかったが一定の水準は保っている。一定の水準とは、商業誌に載せられるレベルのまとまりを保っているということである。
そういうわけで、私は中山氏の作品以外も楽しんで読んだのだが、しばし考えてしまった。これだけの作品を書ける作家が、こんなに沢山いるのだということと、とは言え作家紹介のページを見ると、デビューして数作を書いて、以来さしたる執筆をしていない人も多いことである。上記1.2.の方は次々に作品を出版し一定のマーケットを確保しているのだろうが、多くの人は、数作書いて止めてしまったのかな、と言う印象を持った。
創作は自分だけでできる世界であるが、それがビジネスとして成り立つかと言えば、自由主義経済にまともにさらされて、売れるものを中山氏のようにハイペースで書けなければ、消えていくしかない、と言う厳しい世界なのだろう。
楽しくも勉強になった本であった。