「性役割の心理」  東清和 小倉千加子著  大日本図書

現代心理学ブックスと名付けられて、1984年に初版が出版されている本。
東教授は年齢から言って小倉千加子先生の先生なのでしょう。

三章の内、一,二章を小倉千加子が執筆。本書の著者紹介では1952年生まれだから、この本を書いたときには30歳そこそこということになる。
さて、本書の内容だが、幾つかキーになる概念を記す。理論的組み立てのために必要なのだけれど、めんどくさい人は飛ばして下さい。

人間が社会化するとは。「出生時にはきわめて、きわめて広範な、膨大な行動の潜在可能性をもっている個人が、その所属する集団の文化・社会の基準に従って、慣習的な受容可能な、遙かに狭い範囲に限定された行動を現実に発達させていく全課程」(古畑和孝という先生の定義だそうです)
自分でも何となくそんな風に考えていたので、実に印象的だった。トマトというのは、成長のためのあらゆる障がいを取り除いて丹念に育てると普通に育てるのとは桁違いに多い実を着けることができると言う、若い頃勤め先の先輩に聞いたことがある話を思い出しました。
人が何らかの形で別の人を動かす能力を勢力(power)という。
勢力を使って、人を動かせば、コントロールしたという。
誰もが認める行動は、規範(共有された期待)という。これも勢力の一つ。
勢力の源をリソース(資源という)
勢力の資源には、簡単に言えば、金や所有物、罰を与える力、相手の義務感に基づいて影響を与える地位、関係(一口で言えば魅力)
専門的技術や信望。それが相手の便宜になると説明する能力などがある。

さて、男女別に考えた場合、勢力は男に偏って所有され、したがって女はコントロールされる側、劣位に立たされざるを得ない。女が持つ資源のほとんど唯一のものは関係によるもので、端的に言えば「若さと美貌」であり、「性的魅力」である。
対して、男は様々な資源を持ちうる。有能な女性が努力して一定の資源を持ち得たとしても、それを男性のように直接的には行使できない。女らしさ、と言ったものを、例えば女性上司が部下に指示する場合でも装わなければならない。(現在では本書執筆当時とは少し事情が変わってきているとは思いますが)
男女は、生まれてまもなくから様々な形でそのような社会の影響をうけ、幼児の時から見事に「社会化」していく。例えば、二歳半の段階で、男の子と女の子はそれらしいと言われる「職業」をそれぞれ選ぶことができる。
 そのような社会化は、男女のセクシュアリティにも深く影響し、男も女も一定の型の中で関わりを持つようになる。さらにここでも女性は、見られ、味わわれる立場なのだ、と論じられる。
二章では、そのような性役割のストレスが、男女それぞれにどのように現れるか、ということが論じられる。例えば、独身で収入はあるが中年に達した男女のストレスの差などが検証されていく。社会的には勢力は得られなかった男が最後の砦とする場が家庭であり妻を支配することなのだ、というのは妙に頷いてしまった。
読売新聞の人生相談をひいて、男の稼ぎがない場合は、相談者は別れろとすすめ、女癖が悪い場合は、少しは我慢しろ、と言っている、つまり夫婦において男が期待されているのは、稼ぎなのだ、と言う部分は、二十五年以上経った今でもまるで変わらないと言う感じがする。(ちなみに僕は読売の人生相談と発言小町を愛読しております)

三章では東先生が執筆しているが、ここでは、現在の男は仕事をし、女は家庭を守るというパターンは、産業革命によって都市労働者が大量に生まれてからと述べられていることが印象的であった。当たり前と思っている価値規範の歴史性、経済的な観点からの発生理由をあらためて認識した次第。

小倉千加子がいろいろ出している本の基礎となる学問の一般向け解説書、と言ったところでしょうか。読みやすかったし、概念は分かりやすかったし、二度読んでしまった。
正しい、正しくないと言うことではなく、今の世の中の疑問点を考える上で、自分があれこれ迷うこと、困ったりすることで、自分が引っかかっていることは何なのか、実はステロタイプな「良くできる男性」「有能な男性」に縛られていないか、考えるヒントになる本である。少なくとも、体制の内部でパターンにぴったりはまって生きているだけかもしれない僕には、解毒剤になる本でありました。

性役割の心理 (現代心理学ブックス 74)

性役割の心理 (現代心理学ブックス 74)