「おっぱいバレー」 2009年日本映画 綾瀬はるか主演

核心部分だけ書くと、駄目な中学バレーボール部の顧問となった教師(綾瀬はるか)が、成り行きで試合に勝ったらおっぱいを見せるという約束をしてしまい、駄目部員を奮い立たせるが、噂が立って教師を首になってしまう、しかし、バレーボール部員達は必死に取り組むことを体験し、先生に感謝する、というもの。
 田舎の、おそらく1970年代の中学生が、どれだけおっぱいにあこがれるか、おっぱいに対する妄想がエネルギーになるか、と言うことがノスタルジックに語られる。学校はおっちょこちょいな綾瀬はるか先生を排斥するが、そんな建前は実にくだらない、本当の人間のエネルギーって、別のところにあったでしょ、それは決して汚いものじゃ無いでしょ、っていうお話。
 映画は女優で見る、と言う小林信彦の説に従えば、僕は確かにこの映画を綾瀬はるかを見るために見るべきだったのだし、実際そうだった。五十代の、おおざっぱに言ってここにでている中学生がまさに大人になりはてた世代の僕は、おっぱいがどういうものであるのか当然ながら知っているのだけれど、それはもう、中学生が妄想したおっぱいのすばらしさを包含していないし、そのすばらしさは二度と手に入らないものなのだ。そのすばらしさを映像において具現するのが綾瀬はるかなのであって、あり得ないとは思いながらクライマックスでおっぱいでないとしてもちょっとしたサービスショットはあるのではないか、とどきどきしたことを否定しません。あはは。
 しかし、それを取り除いてみると、この映画はあまりにノスタルジックでは無いか。こんなけなげな先生にはいてほしいし、馬鹿だけど磨けばそれなりに光る中学生にもいてほしいが、しかし、それが何ほどか苦い懐かしさを伴わざるを得ないこと、そのような現在の立ち位置にあることを意識せざるを得ないことが何とももどかしい。