お菓子と麦酒     サマセット・モーム作   感想文

サマセット・モーム作。角川文庫。
1930年、モーム50代後半の作品である。モーム好きの僕としては、気軽に手に入る文庫の長編としては、最後に手に取った作品。
一人称の語り口で、月と6ペンスがそうであるように、書き手の位置付けが最初は分からず、少し戸惑うかも知れない。これは、通常の1人称小説とはことなり、語り手が主人公であって、行動したり、悩んだり、と言うことに眼目がおかれる小説ではないからで、またそこが味噌である。
小説制作の方法論としてどちらが正しいのか僕には分からないけれど、中年期以降の、モームの言葉を借りれば、「人間が神から遠いことがよく分かって来た年代」の小説としては、適した語りの方法だと思う。
ちなみに現代は、「Cakes and Ale」で、シェイクスピアからの引用である由、韻を踏んでいるのですね。

一口で言えば、主人公が少年時代から青年期に掛けて親しくした今は亡き大作家夫妻に関する話で、特にその前妻であるロージィの人となりが主眼である。ロージィは教養が無いし、遊び好きだし、誰とでも寝てしまうし、ついには作家をおいて駆け落ちしてしまうのだが、明るく美しく、いつでも楽しげに振る舞う女性である。そのような女性の姿をモームは活写している。
背景として、19世紀のイギリスの風俗、文壇の様子などが語られる。ビクトリア時代のイギリスの身分制度とそれに関わる偽善、様々な作家や評論家の姿、などが描かれる。

小説としては大上段に振りかざした主題などはなく、淡々とした、しかし鋭い語り口が魅力的である。

また、モームを読むとき感じるのは、身分と言うことである。モームは労働者階級に属していないし、貧しいことに対する嫌悪を示している。また世界を旅したが、あくまで大英帝国の保護の及ぶ範囲であって、言わば着替えてお茶の席に着くことのできる範囲での旅行のように思える。
 モームの中に、例えばアジア人や、労働者への偏見は必ず潜んでいるとみて間違いがないだろう。21世紀日本の中年というか初老?の労働者である僕としては、そこのところは忘れずに、モームの語り口を楽しみたいと思う。