「土の中の子供」 中村文則著 新潮文庫 感想文

中村文則芥川賞受賞作。児童虐待を受けた側からの視点で書かれた作品であり、読むのにとても時間が掛かった。幼児から親戚に預けられ暴力を受け続け、ついには土の中に埋められ、殺され掛けた主人公が、運良く生き延び、施設で成長し、今ではタクシー運転手として暮らしているのだが、身の回りに起こるのはおぞましい暴力的な出来事ばかりである。一緒に暮らしている女も破滅的な、どこにも向日的なところの感じられない性格である。しかし、主人公は安っぽいヒューマニズムに陥ることなく、また自暴自棄にすべてをのろい死に至る事もなく(殆どしにかけるのではあるが)、困難の中からも女とともに生活をしていこうとする。その際、世話になった施設長からもたらされた、実父からの会いたいという申し出を断り、自分は土の中から生まれた子供なのだ、と宣言する。

 父と母、養父母という、人間が生まれて成長するために助けとなるべき存在が虐待の主体であったとき、人は根源的に人格を破壊されうるだろうが、そのような状況のなかからでも、自分は土の中から生まれたのだ、と宣言し、父母や養父母を断ち切って生きていこうとする主人公の強さ、地に足の付いた強さに心が動いた。

 しかししんどい小説だ。虐待される無力な子供の心を思いやるのは作品を読むというだけでも、こんなにも力が要るのだろう。読書というのは時に、心のエネルギーを随分と使い、またつらく感じられることもあるのだと改めて感じた。