佐藤優の集中講義  「民族問題」  佐藤優著 文春新書

2014年から2017年に行われた講義について、2017年に第1版が出版され、
2022年の4月5日に第3版が発行されている。私が手にしたのは2022年6月である。
2022年2月24日にロシアの特別軍事作戦がウクライナに対して開始され、これを書いているのは、7月3日であるが、未だに戦争は終わっておらず、ニュースでは、戦争は長期化するという見通しが多いようだ。
今回の「ウクライナ戦争」(この文章ではそう呼ぶことにする)の衝撃は日本の平凡なサラリーマンに過ぎない私にとっても、大変大きいものだった。
一口で言えば、それは、21世紀になって、ロシアが、なんの国境紛争もなかった、元はと言えばソ連の一員であり、さらにソ連の中でも特につながりの深いウクライナに土足で踏み込む戦争をやる、などと言うことが、あり得ないと思えたのである。
 私なりに、こりゃなんだ、と思った疑問を少しでも解消するために読んだ本の一冊が本書である。
 ちなみに第3版の日付を見てもわかるように、この本はウクライナ戦争が起きてからにわかに注目を浴びた本の一冊であるのだろう。
出版は2017年であり、ウクライナ戦争の前であるが、2014年のマイダン革命とそれに続くクリミア併合が起こり、それよりあとに出版されたものであり、クリミア併合に焦点を当てて、ウクライナ問題について一章が割かれている。
 だが、本書の眼目は、スターリンの民族に対する定義と民族問題に対する対処、ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」における民族の定義、さらにアーネスト・ゲルナー「民族とナショナリズム」における民族の定義などを比較対象しつつ、それを現実の問題に(沖縄、ウクライナなど)に当てはめながら、そのアクティブな有用性を推し量っている点にある。
 さらに、これは著者ならではと思うが、ロシア語、グルジア語、ウクライナ語などの文法構造や発音に着目して、それが民族意識に与えた影響や、民族問題の対処にいかに用いられたか、と言う点などは、実は民族問題を考える上で本質的な点であると私にも思え、大変興味深かった。
 参考文献など、より深く考えるための参考書も記され、今後もガイドとして用いたい本である。
 追記的に、一つ印象に残った点を記しておきたい。
 民族という概念は実は、新しい、せいぜい250年ぐらいしか遡れないものである。すなわち、学問的には古く起源を辿る「原初主義」は否定されている。つまり、民族というものは一般に考えられているような、大昔からある自然の区分け、あるいは古い歴史的経緯の積み上がったものではなく、「道具主義」的に何らかの政治・経済的必要性によって見いだされ、あるいは析出してしまったものである。さらに、そこには、大きく経済的な要因が絡んでいる。
 資本主義的発展が、民族主義の苗床になったのだ(ゲルナー)と言う見方に、著者は親和感を持っているようだ。また、私も実は経済が大きく私たちの足下の構造に影響を与えていると考えるものである。
民族主義に限らず、私たちの他のあらゆる情念の源も、案外経済的な必要性に規定されて、あるいは励起されて居るのかもしれない。