群像短編名作選 講談社文芸文庫 1946~1969   講談社

文芸文庫からはいろいろな短編集が出ていて、短編好きな僕としては、なかなか楽しいのだが、この本もとても楽しかった。
いくつか寸評。

岬にての物語 三島由紀夫

 まずは、三島だ。この名高い短編を、三島好きと言いながら、今頃読むとは。何より回顧する文体の流麗さ、音楽的な語彙の豊富さと、夏の避暑地の一種時間の止まったような世界の有り様が上手く調和して、三島の文体にしばしばありがちな優雅なはずなのに、どこか枯れてぎすぎすしたような感じがなく、滴るような文体の美が眼を引く。それさえ味わえれば後は、物語の結構を三島の言う通り楽しんでいれば良いと思った。

家のいのち 円地文子
円地文子を読んだのは始めて。戦後の東京の貸家に住まう人の変遷を通して、退役軍人の没落、闇屋の暗躍、米軍相手の女の姿などが描かれる。つまりは、敗戦と日本人と言っても言い大きな流れが、家というものを前景にしてしっかりとタイトに捉えられている。たいしたものです。

離脱    島尾敏雄
いわゆる島尾の不倫、妻狂乱、身も蓋もない、弱い、というか身の置き所のない自分というテーマの短編。理屈でも通俗道徳でも片のつかない自分。この作家についてはもっと読みたい。

気違ひマリア 森茉莉
森鴎外についていろいろ知りうることは面白いが。文豪の娘がこんな暮らしをすることに悲しみを覚える。

蘭を焼く 瀬戸内晴美
今も活躍する寂聴さんの短編。色事のややこしさ、けれど部分的にはドキリとするような色事についての描写があり、それはもちろんポルノ的なものではなく。しかしやり場のない人生の行き止まりのような、それでいてどこか弛緩したような世界には惹かれるものがあった。瀬戸内晴美は、別に本を買って読みたいと思った。

 

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総じて、小説とは自由なものだな、と思った。室生犀星も、深沢七郎も実に好きなように書いている。それが結構面白く感じられる。なにかこうあらねばならぬとか、新しいものはこういうものだとかではなく、かえってそれが当時の日本社会や、作者の感性の木理を感じさせて、どれも興味深く面白かった。読書とは良いものですね。